天使の誤算
第五話
かれこれ十年程前のことだが、ある日私宛に電話が一本かかってきた。電話の相手は斉藤(仮名)と名乗った。「どうも、お久しぶりです」と、相手は私をよく知っているようだったが、私には思い当たる人物がすぐには出てこなかった。若い男性で私を知っている人……ハッと思った瞬間、相手の方が悩んでいる私を気遣ってか口を開いた。「小学校の時のことですから憶えておられないかも知れませんねぇ。」私はその言葉で相手が誰か確信した。「もしかして、○○村の斉藤君かい?」「そ、そうです、憶えていてくださいました?」彼はとても嬉しそうだった。
実はこの彼、言うなれば私の小学校時代の一年下の後輩である。一学年が六十数名の学校だったので、学年が違っても目立つ子は憶えている。彼は俗に言うところの『いじめられっ子』として目立っていたのである。だが、ここで思い違いをしてもらいたくないのは、彼が今風のいじめられっ子ではなく、『一世代前のいじめられっ子』であるということである。彼は嫌なものは嫌とはっきりと言うし、いじめられたら一人でも大勢に対して喰らいついていくタイプである。また、それがゆえのいじめられっ子だったのだ。そんな彼が折り入って相談事があるので、直接会って話したいというのである。そのときは『なぜ相談の相手が私なんだ?』と正直言って不思議だった。
翌日の夕方、彼は私の家にやってきた。私の記憶とかすかな共通点を残す青年である。『なぜ私なのか』という疑問はすぐに彼によって解明された。昔、よってたかっていじめられているところを何度か私に助けてもらったというのである。言われてみれば確かにそんな記憶もある。彼はそれが嬉しくて今でも忘れないというのである。また換言すれば、彼の悩みの相談相手が、人的つながりの薄い私にお鉢が回ってくるほど周囲にはいないということにもなる。地域での上下関係の薄い現代の若者社会の問題点のひとつと言って良いだろう。
さて、そんな彼の相談というのが「会社」のことである。就職して一年以上経つが、どうしても上司や同僚とうまくいかない。当然、仕事をするのが辛くてしようがない。いったいどうすればよいのか分からなくなってしまったというのである。これがまた本当に思い詰めているのだ。彼にしてみれば幼少期からのコンプレックスの延長である。社会に出てまで集団に溶け込めないとなると、確かにこれは大問題だ。しかし、私は心の中で『よくぞ私に相談してくれた!』と密かに思っていたのである。実は私も少年期に彼と同様の体験をしたことがあったからである。
答えは簡単なのである。特にこの天使の誤算シリーズに目を通してくださっている読者諸氏は、もうすでにおおよその解答が出ているのではないだろうか。そう、『周りの人に対する思いやり』を持つことが事を解決する。我の強い人間は他人よりも自分の心を優先する。たとえ他人の心がわかっていても自分の心を優先せずにはいられないものなのだ。そこに欠如しているのは「思いやり」と「自分の心に対する厳しさ」である。私はこう思うのである。たとえ人よりも辛い訓練や仕事に耐えらるとか、長時間勉強していられるとかといったことができても、人の失敗に対して許せないとか自分の意見が通らないと不機嫌になったりするようでは本末転倒。その人は間違いなく「自分に甘い」人である。自分の心に対して厳しい人こそが本当の「信頼」を得ることができる、と私は確信している。
話を戻そう。彼の場合も自分の心の抑制が苦手らしいのである。気に入らないことがあったら人の心を考えないで口に出してしまう。快く妥協をすることができない。これでは疎外されても当然である。ましてや彼は新人社員なのだ。そこで手っ取り早く彼を悩みから開放するため、少々荒療治をすることにした。私は彼にただひとつだけ我慢することを約束してもらった。それは「会社でムッとすることがあったら、そのときの自分の気持ちを逆にして表現する」ことである。なんのこっちゃ?と思われるかも知れないが、これが結構辛いことなのだ。神主の私が言うと変だが、新約聖書のイエスの言葉にある『汝、右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ』というあれに近いことになる。「君の意見は違う!」と言われたらニッコリ笑って「あ、そうですね。よくぞ言ってくれました。」と自我を滅っさねばならない。お釈迦様のおっしゃる『無我』を実践することになるのだ。だが、こんなことは通常できっこない。しかしながら、彼の場合は「通常」ではない状態だったからこそ可能だったことなのである。「やってみます。」彼はそう決意して帰っていった。正直、私自身も不安でいっぱいだった。
ちょうど一ヶ月後、彼から電話がかかってきた。「ありがとうございました!何もかも絶好調です!」こんな上手い話があるか?というような効果があったらしい。だが、それを真面目に実践した彼もすごい。人間、その気になればできるものだと改めて実感した次第である。それからも延々と上手くいくようになった経緯を聞かされたが、最初の一週間はそれはそれは辛かったらしい。だが、それ以後は自分が変わってしまったと彼は言う。実はそれは周りの彼を見る目が変わり、周りが彼を変えたのである。それにしても、どんなときでも幸せそうな人を見るのは幸せなものである。