第一回 おわら風の盆 買い食いバトルロイヤル
 平成2年9月初頭。風雅システムイベント企画部は第1回の『風の盆買い食いバトルロイヤル』を決行した。場所は富山県八尾町。杉之原名人宅に午後11:00に集結。片道3Kmの道のりを経て風の盆会場に到着した。挑戦者はドット絵師としてその名を馳せる「MAX大村」と、ゲーム音楽界の巨匠「安芸出(あきいづる)」。審判はプログラマの「杉之原名人」が担当した。他、風牙賊、いもくん、ドラちゃんなど4名が観衆にまわった。

 ルールは単純明快。屋台の前で二人で早食いを競うのである。見所はヘビー級の安芸出に対し、フェザー級のMAX大村がいかに健闘するかである。午後11:40、華々しく闘いの火蓋は切られた・・・・・『だぼ〜ん!』まだ一回戦も始まる前だというのに、サブプログラマのドラちゃんが側溝にはまった。周りにいた観光客数十人の視線が彼に注がれた。まるでこれからの地獄を暗示するかの如く・・・

(注1)ちなみに「坂の町八尾」の側溝は冬の雪流しに使用するため、異常に流れが速く危険である。子供がはまるとジェットスライダーさながら、1km以上流されることもある。

 第一回戦は『フランクフルト』である。ドイツ統一問題の最中、実にタイムリーである。「位置に着いて。用意・・・始めっ!」審判のかけ声とともに長さ20cmのソーセージがあっという間に二人の喉の奥に消えていく。勝敗は・・・観衆が固唾をのんで見守る中、判定が下された。「この勝負、引き分け!」悔しがる安芸出。小柄なMAX大村に拍手が贈られた。

 100m歩くと『しころもうと』と書かれた暖簾が目に入ってきた。「二回戦はこれだ!」全員一致で二回戦は焼きとうもろこし勝負に決定した。体格にかけても負けられない安芸出は気合い充分である。「始めっ!」周囲の怪訝そうな視線を無視して遮二無二かじり付く二人。幾分MAX有利かのように見えたが、後半で安芸が意地を見せる。結果、またしても引き分け。若さで1歳優るMAXが大健闘である。三回戦は『げそ』。これまたMAX大村が健闘して引き分けに持ち込んだ。いやがおうにも戦いは盛り上がってきた。

 風の盆は毎年9月1日から3日にかけて、夜を徹して踊り明かすという強力な祭である。この日ばかりは人口2万2千人の町が15万人以上に膨れあがる。周囲がこれだけ盛り上がっているわけであるから、その中で戦う一行のボルテージはまさに異常である。四回戦以降でそれはピークを迎えることとなる。

 『クレープ』優しく軟弱に聞こえるこの響きも、バトルロイヤルにあっては凶器と化す。店番が若いお姉さんであることもあって、四回戦はこれに決定。「位置に着いて〜ぇ・・・」興味深そうに見据える屋台のお姉さん。「熱っつぇ〜!」開始早々叫ぶMAX。油断して中のクリームの熱さに気が付かなかったらしい。それに対する安芸はものの3秒で飲み込んでしまった。「きゃぁ〜っ!すっごぉ〜い!」感動するお姉さん。隣の屋台のおじさんも呆れて声がない。敗者MAXは悶えながらゲロゲロ言っている。だが、これが正常な人間の姿とも言えよう。

 ついに均衡が崩れた。間髪入れずに五回戦である。今度は『トロピカルドリンク』である。さすがに胃に来たMAXは苦しさを隠しきれない様子である。安芸はメロン、MAXはチェリーを選択。「始めっ!」勝負は一瞬にして決した。MAX大村の圧勝である。なぜか水物には強いらしい。そのあまりの早さに呆れる安芸出。これでまた勝負は振り出しに戻ってしまった。

 六回戦はお馴染み『たい焼き』。ここでも甘い物にはめっぽう強いMAXが頑張ったのだが、キャパシティーで優る安芸が実力を見せ始める。尻尾の差でMAXを下し、再び1ポイント優位に立った。

 さて、泣いても笑っても最終戦である。『やきとり』勝負。だが、これは最初から勝負が見えていた。ウエイトの無いMAXの胃は限界に達していたのである。わずか十数秒の間に十本もの焼き鳥が安芸出の体内へと消え去った。呆れる焼鳥屋のオヤジ。周囲に漂う異様な緊張感と威圧感。人で埋まっているはずの道が、我々一行のいる空間だけガラリと空いているのである。「えへえへえへへへへへ・・・・」不気味な勝利の笑みを浮かべる安芸出がその原因であることは言うまでもない。

 勝敗は決した。『第一回風の盆買い食いバトルロイヤル』は2ポイントリードで安芸出の優勝である。一行およびそれにつられた見知らぬ周囲の人々から惜しみない拍手が贈られた。敗者MAXにも・・・・・

 バトルの後はお祭り気分の満喫である。ちびまるこちゃんの団扇を手にしたいい年のあんちゃんたちがハイテンションで闊歩する様はさぞかし異様だったであろう。

 今回審判を務めた杉之原名人は「蛙マニア」として知られている。自宅の本棚には8歳の頃から収集してきた一千点を超える蛙グッズが犇めいている。そんな彼の目に一匹の蛙の貯金箱が映った。輪投げの賞品である。しかしそれは四角い木の台に乗っていた。『こっ、これは・・・・』プレイヤー泣かせの木の台。乗っている賞品に輪が通っても、必ずといってよいほどこいつに引っかかってアウトになってしまうという、あの「木の台」である。『これは無理だ!』と踏んだ杉之原名人は、直接店番の爺さんとの交渉に入った。「500円で買うから、これ売って?」過去3回、この要領で蛙の入手に成功している彼に冷たい返事。「こいつはそんなわけにゃぁいかん!」たかが貯金箱にそんなわけもくそもないとは思うのだが、爺さんは頑なにプロとしての意地と誇りを見せる。諦めようとした彼に安芸出が声をかけた。「僕が取ったら千円で買います?」この状況で野暮な問いかけだ。またしてもMAXと安芸がこれに挑戦する。「僕、得意なんですよ。」言いながら安芸の4個目の輪が蛙に向かって飛ぶ。次の瞬間「ストン」と台の下まで輪が通った。またしても呆れる屋台の爺さん。MAXは残りの輪を投げつける。かくして千円は安芸の財布へ。杉之原名人は蛙さえ手に入ればご機嫌である。

 夜も更けてきた。帰途についた一行の前に、店じまいに取りかかろうとしている焼鳥屋があった。そう、さっきの焼鳥屋である。見ると残った焼き鳥を捨て値で売っているではないか。これを安芸出が見逃すはずがなかった。「600円なら買うよ。」相手の弱みにつけ込んだ見事な値踏みである。迫力負けしたおじさんが力無く言う。「もってけ・・・」さらにキジも鳴かずば撃たれまいに、隣の屋台のあんちゃんが缶ビールを2本出して言った。「ついでにこれも買ってよ。2本で600円でいいから・・・」「・・・500円。」「えーっ!せめて550円!」「・・・500円。」「550円!これ以上は無理だよぉ。」「・・・500円。」「・・・・・・」非常な500円攻撃に敢え無く陥落するビール売りのあんちゃん。明らかに原価割れしている。「ねっ、こうやって値切るんですよ。」恐ろしく冷静な安芸出。『おまえは鬼かっ!』といいたいところだが、お祭りではこれぐらいの覚悟は露天商にも必要であろう。

 意気揚々とやって来た道も帰り道となると長いものである。すでに5km以上も歩いているところへ+3kmである。「ねぇ〜、まだぁ〜?もー疲れたぁ・・・あとどれくらいぃ?足痛〜い!もうだめだぁ〜・・・」弱音を吐きまくるMAX大村。あと1kmくらいだと言っても、500mも歩かないうちに「うそつき〜〜うそつきぃ〜〜!」と暴れる始末。「ほら、あそこに見える街灯がゴールじゃないか。なっ、もうちょっとだろ?」と言っても、「あ〜ん、もう足動か〜んっ!街灯の光が遠ざかっていくぅ〜〜・・・」最年少がこのザマである。『おまえだけは二度と連れていかんぞ!』おそらく全員がそう思った。

 ドラちゃんの“溝はまり”に始まり、MAXの“弱音吐きまくり”で終わった第一回風の盆買い食いバトルロイヤル。安芸出とMAX大村は死闘を通して友情を深め合ったようである。来年の第二回が今から楽しみである。


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